
先日、ある訪問先で、息子さんからこんなお話を聞きました。
1階に住むご両親と、2階に住む息子さん家族の、二世帯で暮らしているお宅です。
「最近、母親が早くから起きてるみたいで気になって。見守りカメラを使い始めたんです」
そしたらね……
「夜中に台所に行き来して、冷蔵庫からいろいろ食べているのがわかった」
それを知って、冷蔵庫の中を整理して、すぐ食べられるものは置かないようにしたそうです。
カメラで見えたからこそ、気づいて対応できたんですよね😊 離れて暮らしていても、スマホひとつで様子がわかる。それだけで、家族の安心感はずいぶん違うと思います。
🌻 「見守り」と「監視」は、紙一重
ただ、このお話を聞いて、私にはずっと引っかかっていることがあります。
「見守り」と「監視」って、本当に紙一重。
同じカメラでも、本人が知らないうちに設置されていたら、それは「見張られている」に変わってしまいます。 逆に、「何かあったときのために、一緒に付けようか」と相談して設置すれば、それは「安心のためのお守り」になる。
同じ機械なのに、意味がまるで違うんですね😌
ケアマネの仕事をしていると、「家族のため」のつもりでやったことが、本人にとっては「勝手に決められた」に感じられてしまう場面を、何度も見てきました。 良かれと思ってやったことほど、本人の気持ちを置き去りにしやすい。これは、見守りカメラに限った話じゃないなと思います。
🌸 にこからのメッセージ
だからこそ、大事なのは機械の性能より、「なぜ使いたいのか」を、本人にちゃんと伝えることだと。
「心配だから」 「何かあったらすぐ気づきたいから」
その気持ちが伝われば、本人にとっても「監視」じゃなく「安心」になっていく。
離れて暮らす家族を心配する気持ちは、当たり前のことです。 その気持ちを、ちゃんと言葉にして伝えること。それが、見守りを「安心」に変える一番の近道なのかな😊
21年ケアマネをやっていても、家族の間の話し合いって本当に難しいなと感じます。 でも、お互いを想う気持ちがあれば大丈夫。もし「どう切り出していいか分からない」という時は、担当のケアマネさんにもこっそり相談してみてくださいね。きっと、一緒に考えてくれると思いますよ。